2016年1月2日土曜日

絵画の話・1

こんばんは。
年始からいいペースでブログが更新できているので、このペースを崩さないように何か書こうと思い至り、絵画の話でもしようと思います。
絵画の話と言っても描く方ではなく、絵画紹介とその周辺の話をシンプルにわかりやすく書けたらなあと思います。

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 私は美術展に行くと、気に入った絵画のポストカードを1〜4枚は購入する習慣があります。だいたい一枚150円ほどから販売されており、眺めて良し、送っても良しなので気楽な思い出の一つとして重宝しております。

 夏休みには国立新美術館にマグリット展に行った際、そのとき同建物内でルーヴル展も開催されていました。展示自体は長蛇の列だったので諦めましたが、お土産コーナーだけ覗いた際に購入したポストカードとミニポスターを、年末大掃除のときに発見しました。

こちらです。↓(ポストカード)
 
  表情はあどけない少女のそれなのに、乳房が出ていてなんかエロス!
    顔つきは未成熟の少女の顔立ちですが、身体の部分は少女から大人の女性へと変貌していく様を、非常に滑らかなラインで描いており、彼女が纏う衣服の皺もより一層柔らかい印象を与えています。また少女は全体的に淡い色で描かれているのに対して、背景は非常にどんよりした暗い色を用いることで、少女の身体における幼さと成熟した部分が同時に存在する矛盾と、暗い世界にこのような光り輝く少女が存在する世界という2つの矛盾を巧みに描き出していて非常に素晴らしい作品だと思います!

  お土産コーナーにて単純な一目惚れで購入した(※1)ために、あまりこの作者については意識していないことに今更気づいたので、調べたことをまとめます。

   作者:ジャン=バティスト・グルーズ
   タイトル:割れた水瓶
   1771年 油彩/カンヴァス,ルーヴル美術館所蔵

 ポストカードの裏にはこのようにありましたが、wikiで調べるとちょっとタイトルが違う(※2)んですね。wikiでは『こわれた瓶』となっています。

 ジャン=バティスト・グルーズはロココから新古典主義駆け出しの時代に分類されるフランスの画家ということで良さそうです。(※3)
 当時は本人が望まない方向の風俗画で人気だったようですが、晩年以降は新古典主義の流れに乗れなかったため、埋没していった画家だったんですね。
 美について哲学をしたフランスの哲学者・ディドロは『感傷的ではあるものの、道徳的な教訓が強い』グルーズの作品に対して、好意的な批評を残しているそうです。(※4)
 ジャン=バティスト・グルーズの代表作は『村の花嫁』だそうですが、なるほど、ストーリー性が高くて一つのドラマを感じさせられます。画面右側にいる、花嫁の姉の嫉妬心丸出し表情なんて見事に花嫁を的確に睨んでいていい感じです。

 ちなみにロココとか新古典主義とは、簡単に言うと絵画の時代またはスタイルを指す名前です。(このへんは正直語弊がありそうなんですが、海外絵画サイトを見るとstyleになっていて、日本語版wikiを眺めると時代区分での名前になっているんですよね……。現代でも19世紀後半に区分される"印象派"を名乗る画家はいるので、styleの方が正解のような気がしますが、ちょっとお茶を濁しておきます。)
 もう一つ解説しますと、ロココ芸術とは17世紀のバロック芸術に次ぐ新たな時代区分のスタイルです。バロック芸術が豪壮・華麗なものに対して、ロココ芸術は優美・繊細なものが多いというざっくりした境界があるそうですね。(※4)

  機会があればぜひご覧ください。といったところで今日の日記を締めます。


※1: どこに惚れたんでしょう。
※2:wikipedia, ジャン=バティスト・グルーズの欄参照
※3:salvastyle, ジャン=バティスト・グルーズの欄参照
※4:wikipedia, ロココの欄参照

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